大西洋マグロ類保存委員会(ICCAT)が主催した「世界のクロマグロに関するシンポジウム」が、スペインのビスケー湾岸にあるサンタンデールで今年4月末に開催されたので、出掛けてきた。世界のクロマグロの資源生物に関する会議というのは、過去にも全米まぐろ類保存委員会(IATTC)が主催したことがあり、この間に、世界のクロマグロ漁業、資源、研究や管理にどんな変化があったのかおさらいをするのにもよい機会であった。対象となったのは、大西洋のクロマグロ、太平洋のクロマグロおよびミナミマグロである。 会議で私は、ブラジル沖でかつて、日本の延縄船が漁獲した大型のクロマグロについて、話題提供をした。 現在は、赤道付近より南の大西洋ではクロマグロの漁獲はゼロで、おそらくクロマグロは分布していないと考えられているが、日本のマグロ延縄船が大西洋に出漁し、熱帯域でキハダやビンナガを大規模に漁獲し始めた1960年代初期には、大型のクロマグロも多量に混獲され、“ブラジル沖のクロマグロ”と呼ばれた。大型の成魚ばかりが漁獲された。 その後、10年ぐらいしてあとは、ぱったりとクロマグロの漁獲がなくなり現在に至っている。このクロマグロは50年代末に突然釣れ始め、一時は年間に1万3000トンも漁獲されたが、10年ほどで突然姿を消し、その後二度とこの海域には現れないという謎(なぞ)に包まれたマグロである。 このブラジル沖のクロマグロが消失したころ、同じく大型のクロマグロを大量に漁獲していたノルウェーの巻網漁業の漁獲が急速に減少、同時に米国沿岸で、巻網漁業による小型クロマグロの漁獲が急増した。このため、大西洋のクロマグロの資源状態の悪化が懸念されるようになった。ICCAT設立の直接の動機は、ギニア湾を中心とする熱帯域でのキハダ漁業の急速な発展であったが、クロマグロも設立当初から問題魚種であり、現在まで重大な資源問題を抱え続けている。 さて、ブラジル沖のクロマグロもノルウェー沖のクロマグロも70年ごろまでにはほぼ完全に消失し、今日まで漁獲は皆無である。これは、乱獲が原因であるとする説と回遊経路の変化やクロマグロの特性である“気まぐれ分布”とでも呼ぶべき現象によるもので、乱獲が原因ではないとする意見がある。日本でも似たような現象は記録されていて、戦前に油津沖や釧路沖で、クロマグロの大漁が突然始まり、突然終わったことがある。当時の日本では、今のようにクロマグロを追い掛け回したわけではないし、漁獲効率も低かったことから、乱獲が原因で獲れなくなったとは思えない。一方、大西洋の場合もクロマグロの若齢魚は継続して漁獲されているので、乱獲が原因であると私は思わない。最近、カナダや日本の漁獲には悪い変化がないのに、米国沿岸でのクロマグロの漁獲が極端に減少し、ICCATで大問題になりつつある。この現象の成り行き次第では、米国沿岸のクロマグロが“気まぐれ分布”を開始した可能性もあると考えている。 ちなみに、クロマグロが突然現れ突然消えた漁場に、洋の東西を問わず、再びクロマグロが現れたという例はない。ノルウェー沖ではクロマグロの主要な餌になっているニシンが乱獲で居なくなったので、クロマグロも回遊して来なくなったという説もあるが、ニシンの資源が回復した今でも、クロマグロは一向にノルウェー沖には現れない。 “気まぐれ分布”に関連して、クロマグロはほかのマグロと違って、積極的に新しい環境を求めて自身の分布を広げ、種としての存続を図るという生物特性を進化の過程で獲得した、という仮説が最近提唱されるようになった。気まぐれ分布を起こす集団は、メタポピュレーション(Meta-population)と呼ばれ、いくつかの魚類にも存在するらしいことも分かっている。 このシンポジウムでも、私を含めて、何人かの研究者がこの仮説に支持を表明した。ブラジル沖のクロマグロの分布は気まぐれ集団が引き起こしたが、何らかの原因であとが続かなかった一代限りの出来事であった、というのが私の考えである。もし、この仮説が正しいとすると、クロマグロの資源管理はますます困難なものになるのではないかと複雑な心境である。(つづく) |