OPRT社団法人責任あるまぐろ漁業推進機構

第38回 予防的措置(プレコーショナリーアプローチ:PA)雑感

 中西部太平洋のメバチ資源状態が突然赤信号から青信号に変わったようで、予防的措置(PA)の原則はどうなってしまったのか、と危惧しているところである。そこで、まずPAの概念の具体化とその背景を簡単に述べ、次に今回の中西部太平洋メバチの資源評価との関連について触れたい。
 PAの概念が浸透し始めたのは、1990年代であろうと思われる。当時は漁業の急速な拡大から、水産資源の過度の漁獲の影響が顕在化し始め、漁業全体を網羅した、より慎重で安全な資源利用やそれに関連する事項についての原則を国際的に設定する必要性が生じた。PAの原則は1992年にブラジルで開催された国連環境開発会議で採択され、これを受けてスウェーデン政府と国連食糧農業機構(FAO)が共催して研究者の専門家会議を1995年にスウェーデンで開催した。私もその一人として日本からは一人だけ招請され出席した。この会議に関して日本では、PAの適用で、漁業の健全な発展が大きく不当に制限されるのではないかといった強い警戒感があったものの、比較的バランスの取れた形でまとまり、その後PAの概念はFAOの"責任ある漁業のための行動規範"にも指針として掲載されている。
 さて、PAの諸原則に照らして、不確定要素が大きいほど資源の利用は制限的であるべきという点がしばしば用いられるが、今回のメバチの資源評価の大転換に関してどう扱われたかが気になったわけである。中西部太平洋マグロ類委員会(WCPFC)の科学小委員会(SC)による最新のメバチの資源評価は本年8月に行われたが、これまで当該資源が長年乱獲されており赤信号がついているとする昨年までの見解を大きく転換し、資源は現在も含めて、これまでもずっと健全であったと結論づけた。この転換に至った主な原因はこれまでの成長式を新たなものに変えたことと、資源計算をするときの細かな海区分けを変更したことである。ここでは紙面の制限から、これらの変更についてはSCの中でも多くの疑義が呈されたことだけを述べ、詳細については触れない。問題となるのは、新しい資源評価に関してSCは、以前の資源評価と比べて不確定要素が格段に増加していることを強調していることである。すでに述べたとおり、資源評価に関して、不確定要素が大きければ大きいほど、より安全性を見込んで、慎重で控えめな資源利用をすることがPAの原則であるはずである。それにもかかわらず、大きな不確定要素が残されたまま、これまでの資源評価結果をガラリと変え、性急にこのような楽観的な結果に変更したことは予防的措置(PA)の原則に反する。したがって、主要な不確定要素が解消するまでは、資源評価結果を変えるべきではないと思う。